あれは25歳のクリスマスの翌日の夜。
受付嬢だった私は職場の憧れのオジサンに誘われ完全に舞い上がっていた。ホテルのラウンジで待ち合わせ、お酒を呑み、ほろ酔い気分で歩く銀座の街。
「風邪うつしちゃうかもしれないけど……キスしてもいい?」
不意に立ち止まる彼。黙って頷くと私の唇を塞いだ。刹那に濃密に。その時、彼はまだ知らなかった。それが私のファーストキスだったということを……。
指を絡ませて手を引かれ、それから、私たちは信号で立ち止まる度に貪るようにキスをした。何度も何度も何度も……。
壊れた時計を巻きもどすように。何かを奪い返すように。オレンジ色の光の波。行き交う無関心な人々の群れ。この世で一番、眩しく、仄暗かった光。
闇への入り口。
「いつかこんなおじさんが居たということを君が時々思い出してくれれば僕はそれでいい」
拗らせた風邪からの病み上がりでかけた公衆電話の中で
珍しく積もった雪道で
青葉の香る夜の日比谷公園で
急死に一生を得た黄色い朝の光の中で
二人で歩いた長い長いトンネルの中で
地下鉄の構内からの無言の電話を受けるまで
彼は何度も私にそう言った。
彼の予言通りこの言葉と共に時折り、今でも彼のことを思い出す。
思い出の彼はいつも横顔。